進化か退化か

今治ネイティブの私と鹿児島出身の友人の会話;

私「今年はハロウィンにパンプキンパイ焼くけん食べにきてね」
友「ええ〜、すごい、毎年焼くの?」
私「いや、たまげたようにね」
友「・・・?」

この「たまげたように」を説明するのは至難の技だった。むろん「びっくり」じゃない。びっくりしながらパイを焼くのもどうかと思う。私も日常使うことはないけど、強調する時なんかにわざと使ったりする今治の古い言葉だ。
「ものすごく久々に」とか「思い出したように」・・・がニュアンスが一番近いか?
「たま〜に」とか「時々」よりももっと頻度の少ないことを突然やるって感じ。たとえば「どうしたん!たまげたように勉強して・・・」と言われたら、その人は普段めったに勉強しないのである。何かの気の迷いでたまたま勉強を始めて、おそらく次の日からはまた遊び呆ける日々なのだろう。

何だか、こういう微妙なニュアンスって方言でしか表せないことが多いなぁ。関西弁が標準語に直訳できないのがいい例で、要するに言葉が先にあるんじゃなくて、人ありきなんだろうね。その土地の人特有の感情や皮膚感覚があるから、標準語(共通語)で言い表せない言葉はなくならない。
標準語って明解で、どの地方の人が見聞きしても理解できる。言い換えれば「進化した言葉」だ。でも、標準語が、日本にあふれる無数の方言を全て表現できる訳ではないということは・・・これは同時に「退化」とも言えるのかもしれない。ここは一つ、手始めに何でも「ヤバイ」で済ませるアホ供を抹殺するか。いや、ソレとコレとは話が違うような・・・。


今日の晩ごはん:手羽元とアスパラのトマトソースかけ、ワカメのお吸い物、キムチ(中国産だったよ・・・ヤバイ!)

仮面ライダー響鬼・三十七之巻「甦る雷」

「ヒビキさん、僕のサポーターになってくれませんか?」
言った。ついに告ったか よく言った、イブキ。これはタナボタ式に意外な展開になるのかと思いきや・・・あっさり拒否られる伊織坊ちゃま。まあ色々あるんだよ鬼の世界には、大人の事情が。
「あきら、こっちへ来い!」あきらに叫んだ声に背筋がゾクゾク。本当にこの人はいい声だ。・・・にもかかわらず、「いやです」またまた拒否られる伊織坊ちゃま。
よし、気を取り直して「鬼祓い」だ伊織坊ちゃま。とてもとても朱鬼には勝てると思えないが、ファンだけど思えなくてゴメン、一騎打ちだ。更なるまさかの展開を期待しつつこぶしを握ったそばからノツゴ登場〜! 鬼祓いは中止です、伊織坊ちゃま!

いや、もういいんです、よくやったよ。アタシの二十歳の頃なんか、遊びまくってたパープリンだよ。それに比べりゃあんた立派だよ、伊織坊ちゃま。

来週は復活の雷・ザンキさんにまで殴られて、しかも流血してたのは気のせいか?伊織坊ちゃま、放送終了まで命があるのかマジで心配になってきたけど・・・。

ああ、今日はイブキだけしか記憶にない・・・、ような感想だが、朱鬼役の片岡礼子さんは愛媛の出身。2週だけの出演だったけど思わず応援しちゃったよ。


パーマくるくる

中途半端に延びてパーマの取れかかった髪がうっとおしくて、とりあえずパーマをかけた。美容師の妹に自宅でやってもらったので3000円なり。
しかし、なんだな・・・

髪を切る→邪魔になって伸ばして束ねたくなる→延びかけてパーマをかける→ついでに染める(金髪とか)→延びたはいいが、めちゃめちゃ髪が痛む→切れ毛の多さにぞっとして痛んでいる分だけ切ろうと妹に相談する→「痛んでるとこ?全部。かなり切らないと手遅れになるよ」→泣く泣く短く切る→そうこうしてると邪魔になって・・・(ry

・・・の繰り返し。いっそのことカツラでも買おうかしら。


今日の晩ごはん:焼き豚たまご飯(出た!名物)、手羽の照り焼き、ゴーヤのおひたし

仮面ライダー響鬼・三十六之巻「飢える朱鬼」

かなり微妙だ、シュキのデザイン。シュキ役の片岡礼子さん(愛媛出身!)はかなりシブイ、変身前の方が強そうに見える。てか、師匠・シュキ、弟子・ザンキって、めちゃめちゃシブイというか、Vシネマ系っていうかハードボイルドっていうか、とにかく濃い師弟だったにちがいない。

トドロキの音錠をはめて変身したシュキ、ということは自分専用の変身アイテムじゃなくても、武器の系統が同じなら変身アイテム使い回し(?)できるの?
もしかして、全員スイッチ可能だったりして。
「あ、やべ。音角忘れた。イブキの音笛貸して」
「もう、ヒビキさんったら・・。はい、どうぞ」
「ぴ〜〜〜♪」
ってか?

というわけで、今週のイブキは初めてのザンキさんとツーショットがけっこう新鮮。下げたおつむが可愛い。
またフクロにされてズタボロになった上に「サバキが・・」と年下の(はずの)ヒビキに呼び捨てにされるサバキさん哀れ。


今日の晩ごはん:イタリア料理店「ミヤ○ワ」にて。ゴルゴンゾーラとトマトソースのパスタ、きのこのガーリックソースのパスタ、ナスのグラタン、生ハム(ry

次回脚本「それいけつる姫」

・・な訳ない。三島水軍の「鶴姫伝説」をモチーフに書き始めたのはいいが、タイトルの段階でつまずいてしまった。
「群青(GUNJOU)」というのがメインタイトルで、サブタイトルを付けたいんだけど、「群青〜鶴姫異聞〜」・・・漢字が多い。
「群青〜つるひめ異聞〜」なんだか締まらない。
「群青〜つる姫異聞〜」これじゃあ「つる姫じゃ〜!」だよ。
まてよ、
「群青 GUNJOU 〜鶴姫異聞〜」これどうだ?・・・長い。

内容以前に何をこんなに悩んでるんだ私。なぜなら、タイトルが出来てからじゃないと書き始められないから。他にこんな人がいたら握手をしたいもんだ。


今日の晩ごはん:きのこの炊き込み御飯、ゴーヤチャンプルー、ナスと厚揚げの煮物

ウチのパエリア

何年も前、汚いリュック一つで独りで放浪してた頃。
スペインのサラゴサという町を訪れて、そこに住んでるはずの”マルガリータ”というアメリカで出会った友人宅をいきなり訪ねた。恐ろしいことにアポなし。
アドレス帳を頼りに彼女のアパートに行ってみると、お母さんが出てきてエライ早いスペイン語で「マルガリータは今日は仕事でいないから、泊まっていけ。明日には帰ってくるから。あんたどこの人?ええっ、日本から?まあまあお入り」みたいな事を言って家にあげてくれた。「ありがとう」と言って上がりこむ私も私だが、いきなりやってきた男か女か分からない貧相な外国人をあなたなら泊めるか?私はいやです。
次の日、マルガリータは帰ってきて一通り驚いたあと、ママと二人でサラゴサの町を案内してくれた。カテドラルという古い寺院が中心にある小さな町。寺院や教会を歩きながらママは町の歴史や建物の由来を延々と話してくれたが、とにかく喋りが速い。時々マルガリータが英語で口を挟むが、それでもママのスペイン語の半分も理解できなかった情けない私。
2晩滞在してバルセロナに移動することを告げた私に、ママは「何が食べたい?何でも作ってやる」。「パエジャ!」と私。(・・・「パエジャ」とはいわゆる「パエリア」のこと。地域によって違うんだろうが、”PAELLA”の”〜LLA”は”〜リャ”とも”〜ジャ”とも発音する。私は”〜ジャ”派)
ママは私を連れて市場へ行き、日本人には信じられない買い物を・・・。「ニワトリ一羽」とか「エビ1`」とか。家に帰ってニワトリ一羽とかエビ1`とかをパエジャ鍋に次々と投入。当たり前と言えばそうなんだろうけど、普通にパエジャ鍋が出てきたのには感動。で、とても三人で食べつくせる量ではない大量のパエジャが出来上がり、三人で食卓を囲んだ。・・・ウマイ。めちゃウマイ。食べても食べても減らないけど、とにかくウマかった。
「いつもマルガリータと二人きりだから作り甲斐がなくてねえ・・・。もっと食べなさい。その腕はなんだい、トリガラみたいじゃない」と70キロくらいありそうなママ。

その時覚えて時々思い出したように作っていたパエジャを、今日は息子の4歳の誕生日にKプロのメンバーを呼んで作ってみた。最後に作ってかれこれ2年ぶりなんで、味はイマイチ・・・。でもフライパン2つ分のパエジャをみんなペロリと平らげてくれた。

仮面ライダー響鬼・三十五之巻「惑わす天使」

ココ、好きなこと書いてもいいのよね?
週に一度のお楽しみだったはずのヒビキだが・・・。ここ2〜3週はストレスが溜まる一方。脚本家とプロデューサーが変わったかなんだか知らないけど、何とか元の路線に戻せないものか?
いやね、確かに面白いよ。笑いは取れてるよ。話の展開は早いよ。派手になったよ。主人公(だけ)強くなったよ。でも、ヒビキのパロディー見てるみたいだよ。

しかし、もっちーは色っぽくなった。想像のラブラブシーン(?)の目が辛抱たまらんぐらい色っぽい。いいなあ、あきらちゃんといい、もっちーといい、ヒナカちゃんといい、ふっくらキュートの勢ぞろいだ〜。息子のヨメにほしいな。
オヤジギャグ、ダジャレは「鋭気を養う」を上回る最高得点。「ヒカリモノ」がマグロって、あんた、マグロって・・・。
「ぷぺ〜♪・・・あれ?」のイブキは、首根っこ捕まえてヨシヨシしてあげたいほどラブリー。耐えろイブキ、私はあの大ナマズ戦を忘れちゃいないぜ。そんなこんなで、来週も録画して見てしまう私。

今日の晩ごはん:焼きアナゴ飯、切干大根の煮物

反省会

「ASH」の反省会・・・という名の雑談。ケーキ差し入れあり。
収支決算報告は苦労して計算した割には自らあっさり飛ばしちゃったし・・・。いいの。
赤字じゃなかったから。アンケートを回し読みしたけど若干の酷評はあったけど、おおむね好評。役者は若とよっしーへの評判がよかったなあ。
大道具・音楽・脚本もここまで褒めてもらえたのは初めてかも。これを肥やしにして来年は「つる姫じゃ〜っ」・・・というマンガがありました。歳がばれますか?
「鶴姫」ですね。プチ・市民演劇の。
いいのか?私、断言しちゃって。まだホン書けてないし・・・。

今日の晩ごはん:鳥だんご鍋、太刀魚の照り焼き

「罪でないとすれば正義ですか」・・・ASH考察・その2

私は、正義を追及することを徒労だとは思わないし、犠牲が生まれることを当然だとも思っていません。ただ、自分が正しいと思うことだけで世界が構成されているわけではない。不必要に思えるものも、めぐり巡って自分が生きていく上で必要なものであると言うことを認めることも、人間にとっては大事な作業だと思います。
誰しも、自分が歩く後ろには必ず自らの影がある。

美しいものと醜いもの、尊いものと取るに足らないものが入り混じって、この世は成り立っている。「物」を食べて生きる人間である限り、美しいものだけを選び取って生きていくことはできない。それでも自分の方向性だけはしっかり把握しておかないとな・・・と思います。

「ASH」には様々な対極を成すもの(イコール、一対をなすもの)が存在します。「タリスマンと完全体」「罪と正義」「善と悪」・・・。
一番分かりやすいモチーフが「障害者と健常者」であることで、この作品は「障害者問題」「差別問題」を扱ったものと捉えた方もたくさんいました。「障害者を虐待する芝居などけしからん」といった意味のお叱りも受けました。そう捉える人も中にはいるだろうことは覚悟で舞台の幕を開けました。
アンケートの感想を読む限り、受け取り方は様々でした。「障害者を扱った重いテーマ」「差別について考えるきっかけになった」「感動した」「泣いた」「下らない」「後味が悪い」
・・・そして「何かを強烈に感じたのだけど、この感情が言葉で表せないのが悔しい」という若い観客の感想。正直に混乱した感情を文面に書き連ねていた感想をいくつか読んだとき、「やってよかった」と思いました。とにかく、疑問と違和感を感じて欲しかった。
道徳や教訓だけでは納得できない何かを感じて欲しかった。未熟な作品ではあるけれど、見終わった後も何か棘を残す舞台にしたかった。

私自身、身内に障害児を持つ者として、美談だけでは済まされない、その子自身と両親の今後の人生を想うことがあります。その不安も幾分か織り交ぜながら書いてしまった中途半端なスタンスは反省すべき点ではあります。面白半分で扱ったわけでは決してありませんが、一つのモチーフにするにはやはり重すぎた問題です。
正直、怖かったです。しかし「なぜ?」という疑問をぶつけられたことで、やはり「やってよかった」と思います。まだまだ釈然としない問題は自分の中にも多々あるけれど、吐き出していきたい。すなわち、自分以外の意識「世界」と対話していきたい。それは役者と対面する時から既に始まっている。だから演劇は面白い。やめられないのかもしれない。

「罪でないとすれば正義ですか」・・・ASH考察

劇中のアカネの台詞に「私たちのしたことは何だったんですか? 罪でないとすれば正義ですか!」という言葉があります。彼女は、崩壊寸前のタリスマン保養施設の辿る結末を知っていながら、それを後任のエンジュに託し、結果、エンジュは社会の秩序を守るために大きな罪を犯す。「未必の故意」であるアカネの行動は、実際に犯罪を行ったエンジュとの共謀行為とも言えます。・・・にもかかわらず、「あなたの行動は世界が変革していく上で、仕方がなかったこと。罪に問われることはないでしょう」と言い渡されたアカネが吐いた言葉です。

「罪と正義」言い換えれば「悪と善」はコインの裏表じゃないかと思います。見る方向が違えば表が裏にもなる。また、「裏」がなければ「表」は成り立たない。「光」が射すところには必ず「陰」ができる。こういった二面性は普段気が付かないけれど、常に私たちの周りには存在しています。二面性の中で私たちは生き、いわゆる「表」を選び、選ばされ、日々を過ごしているのではないかと思います。そして「表・裏」「善・悪」の基準は、時が移り、場所が変われば、また移り変わっていくものだということは歴史が証明しています。

もちろん、絶対的な正義は存在するのかもしれない。正義の定義は個人の中にこそあるべきなのかもしれない。しかし、正義を貫いた時、それはやはり何かの犠牲の上に成り立っているのではないか。

(・・・続く)

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「四国今治「未来演劇K-プロジェクト」の団長&演出だったりします。息抜きは息子Rと夫Sの弁当づくり♪」…

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